ホーム > 蝶や蛾の世界を慧眼する > イボタガ
春なお浅い里山で夜中、蠢く大きな蛾がいる。それはイボタガである。
イボタガは年一回、春にだけ出現する蛾である。
イボタガは日本に棲息する蛾のなかでは大型種に属する。上翅の開張は大きな個体で優に11センチは超える。
幼虫、蛹、そして成虫、どのステージをみても奇天烈、奇々怪々な風貌をしている。
イボタガはその外観を梟などの猛禽類の羽模様に似せているような気がする。イボタガを見て、その蛾を気色悪いと感じるか、それともなかなか面白いと思うかは美的感性の分かれ目だ。
イボタガの幼虫はその名前が示すようにイボタの葉を食べる。
イボタガは卵をイボタの幹や枝に卵塊で産みつける。
卵から孵化した1齢幼虫はカラダに突起をつけている。
3齢幼虫脱皮の様子
イボタガの幼虫を飼育していると与えたイボタの花をよく食べる。野外でも蕾や花を好んで食べると推察する。
1齢から4齢幼虫までカラダに突起をつけている。齢数が進むにつれて細い突起が長くなる。
その細長い突起に触れるとピクッと幼虫は反応する。おそらく身を守るために何らかの役割を果たしているのだろう。
ところが終齢幼虫になると突起は無くなる。
巨大なイモムシに成長する終齢期ともなると、細長い突起は活動するうえで邪魔になると思えるが・・・
終齢幼虫 神奈川県秦野市にて 2015年5月
イボタの葉をもりもり食べて体長7センチ程の巨大なイモムシに成長する。
終齢幼虫 神奈川県秦野市にて 2015年5月
淡緑色から黄色に変わる
十分に成熟した幼虫は、やがて体色が変わる。蛹になる前兆である。
幼虫はイボタから離れ、容器内を徘徊しはじめる。そこで土を用意する。すると幼虫は土のなかに潜り込む。あまり深くは潜ら
ない。
野外でも間違いなくイボタガの幼虫は土中で蛹になるはずである。そして同じく土に潜って蛹になるオオスカシバのような簡易な繭はつくらない。
さらに蛹期が近くなると、カラダの黄色味が消える。
前蛹から蛹へ やがて黒くなる
蛹は黒色。その形状は円筒型でお尻に先の尖った小さな突起物がついている。それでさらに土中に深く潜行するのか?わからない。
6月の中旬頃に蛹になったイボタガは来春まで長い眠りに入る。
蛹は土中に埋め戻し、夏の管理に気をつけながら来春の羽化を気長に待つ。
冬を越した蛹は4月頃、羽化する。
私が最初に羽化を確認したのは3月26日。野外ではイボタガの羽化はおそらくソメイヨシノの花が散り、葉桜の頃だと推測する。
羽化したイボタガの表面 同裏面
野外でイボタガに遭遇したとき、そのイボタガが雄なのか?雌なのか?先ず判断に迷うところである。
雌雄の違いで最初に脳裏に浮ぶことは、カブトムシやクワガタムシのことであろう。
これらの甲虫では雄と雌の違いは一目瞭然だ。オスは大きなツノや大顎をもっているが、メスにはない。そこがカブトムシやクワガタムシの魅力である。
蝶の世界もやはり雄と雌の差異は明確だと言えるだろう。とりわけゼフィルスと称されるシジミチョウの仲間は雄は表翅面が青緑色や金緑色に輝くが、雌のそれは茶褐色に覆われている。雄と雌の違い、つまり雄と雌の距離とは、昆虫の進化を考えさせる契機となろうか。
イボタガでは雄と雌を見分ける明確な区別点があるのか?
① オス
② オス裏面
③ メス
④ メス裏面
⑤ 上・オス、下・メス メスの上翅の開張は11センチを超える
私の知りうるところ、イボタガのオスとメスの見分け方を明確に記した図鑑はない。
今回、幾らかのイボタガの個体を集めることができたので、オスと思しき個体とメスと思しき個体をここに掲載した。
①と②はオスの表面と裏面と思われる。そして③と④はメスの表と裏だろう。
⑤はオスとメスを並べてみた。①から④までの写真を見ると外見上、オスとメスを容易に区別できる差異はない。
翅の模様はオス、メスとも全く同じ。アンテナの形状も特に違いはない。
オスとメスの区別はお尻の先を見る他ない。オスは黒褐色の毛で覆われているのに、メスにはそれがない。またメスはオスよりもひとまわり大きい。若干メスの翅形が丸みをおびている。⑤の写真参照。
夜間活動する蛾の仲間でも、ヤママユ蛾の世界ではオスとメスの差は明らかだ。翅の色や形が違う。先ずアンテナの形状が全く違う。
ではイボタガほどの大型の蛾がどうして外見における雄と雌の差が微かに小さいのだろうか?
イボタガ同様に、早春に現れるギフチョウは原始的な古い形質のまま、今に至っている種であるとされる。ギフチョウは雄と雌の外見上の差があまり認められないアゲハ蝶である。
イボタガとギフチョウは日本の里山の、ともに早春に魁け、春の到来を伝えてくれる。
イボタガは原始的な古い形質のまま、今に至っている種なのだろうか?
それにしても形態としてのイボタガの造形は緻密で、とくに翅面の波状模様は他の鱗翅目の類を見ない。
イボタガに「美しい」という表現が適するかどうかわからないが、自然の造形した意匠として、イボタガのそれはあまたの鱗翅目のなかで抜きんでる。