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山梨県上野原町にて 2015年5月
地表に舞い降りたスミナガシ、赤い口吻が愛らしい。
スミナガシ、誰がこんな粋な名前をつけたのだろうか?
黒緑色の翅に流れる白い紋様が描かれている。この意匠は造形的に斬新だ。
スミナガシ Dichorragia nesimachus はおもに渓谷で暮らしている。それはスミナガシの幼虫が食する樹木アワブキやミヤマハハソが渓谷に多いからだ。
スミナガシ、この渓谷の佳蝶は年に2回現れる。山梨県上野原市では5月中旬に春型が羽化して、そして8月の上旬から夏型が現れる。
この蝶は花を訪れない。花蜜は口に合わないのか、クヌギやヤナギなどの樹液で食事をする。また熟した果実や動物の糞尿にも集まる。
スミナガシの幼虫は特異な習性を持つ。それは1齢幼虫から4齢幼虫まで食樹の葉に中脈と葉の破片を残し、それを七夕の短冊のように糸で吊るすからだ。幼虫は普段、食べ残した中脈に静止している。そして葉片は幼虫の存在を隠すカモフラージュとなるように見える。
食草や食樹の葉を食べ残し、自らの存在をその中に隠す蝶の幼虫は他にもいる。タテハ科のコミスジやイチモンジチョウ、アサマイチモンジなどがそうであるが、スミナガシほど手の込んだ仕業を施さない。まるでアート作品を造形しているかのようだ。スミナガシの美意識を垣間見る。
アワブキに産卵された白い卵 メスはアワブキの葉裏に産卵した! 山梨県上野原市 2015年8月
山梨県上野原市 2015年6月
野外での観察・アワブキの葉に食痕を残す。中脈の先端に1齢幼虫がいる。
山梨県都留市 2016年7月
アワブキの葉に食痕を残す。中脈に2齢幼虫がいる。
2齢幼虫
3齢幼虫
2齢幼虫から幼虫頭部に1対のツノがあらわれる。葉の中脈を残し、食べ残した葉を短冊状に吊るしていく。幼虫は中脈に静止して自らを葉片にカモフラージュさせている。
4齢幼虫
3齢幼虫も4齢幼虫も習性は変わらない。やはり葉の中脈を残し、食べ残した葉に糸を掛け、吊す。
終齢幼虫
4齢幼虫から脱皮したばかりの終齢幼虫の体躯は赤色をしている。さらに頭部に水牛のような巨大なツノ。顔はまるで道化師のそれだ。背中には印象的な模様。お尻に硬い突起物がある。そんな頭が重いのか、葉に頭を伏せている。
葉を食べて大きくなると体躯が緑色に変わっていく。
もはや葉を七夕の短冊状に吊るさない。普段はアワブキの葉の表面にいて静止している。
前蛹
成熟するとまた幼虫の体色が赤褐色に変わる。蛹になる場所を探して動き回る。場所が決まると糸を吐いて蛹を固定する足場をつくり、垂れ下がる。
蛹
時間が経過すると蛹に変身する。蛹はその色合い、染みの具合などまさに枝にぶらさがる枯葉そのもの。虫喰い痕まである。この精巧な造形に只々驚くばかりだ。
アワブキの葉の枝にて蛹になった個体、野外ではどこで蛹になるのだろうか?
8月になってメスが羽化した
スミナガシは翅を開いてとまる。黒緑色のなかに銀色を帯びた白紋、実に流麗な美しさを表現する。
かの蝶はその翅に唯一無二の意匠を凝らし、幼虫のありさまも他に類を見ない。
スミナガシは麗しく飛翔して、お気に入りな場所に美しい深妙な翅を開いてとまる。それは渓谷の風景に黒緑の鮮美な色彩をそえていく。